History岡本屋について
守り継ぐ湯けむりの風景、
岡本屋150年の記憶。
岡本屋の物語は、遥か江戸の時代に幕を開けます。
初代当主の岩瀬正綱は、豊後森藩の山奉行として飛地であった明礬へと遣わされました。
当時ここは、硫黄やミョウバンといった貴重な鉱物資源を産出する特別な土地。
正綱は長崎で硫黄を使った火薬製造の技術を学び、その知識が認められ、水戸藩からも求められて出向したと記録に残ります。
荒々しい地熱が立ち上るこの地で果たした役目は、土地の可能性を見極め、未来へとつなぐ“守り手”そのものでした。
その足跡が、後に岡本屋として続く長い歴史の礎となったのです。

幕府が倒れ、明治へと続く激動の時代。
転換期の中で二代目・吉綱が選んだ道は、明礬製造を続けながら宿屋を経営することでした。
鉱山産業に携わる作業人や商人が泊まる宿として、また別府全体が湯治場としての需要が高まるなか、宿をつくることは自然な流れでした。
こうして生まれたのが「岡本屋」です。
屋号の由来は、初代正綱が生まれた竹田市、岡本という地名。
原点である先祖と土地への敬意を示し、新しい時代でも変わらぬ心を守り続けるという想いが込められています。

明礬を象徴する湯の花小屋の風景。
その白い結晶「明礬湯の花」は、世界でただ一つ、この地でしか生まれない特別な存在です。
三代目・保彦の時代、長く続いたミョウバン産業は衰退の兆しを見せていました。
そんな中、ドイツ人医師ベルツ博士の「これは工業原料というより温泉成分の結晶」という言葉に衝撃を受けます。
これこそが明礬の未来を守ると直感し、「湯の花」と名付けて入浴剤として全国へ送り出しました。
地域の雇用を守り、土地の文化を絶やさないため、組合を設立し製造と販売に力を注いだのです。
150年の営みのなかで、岡本屋は幾度もの苦難を乗り越えてきました。
戦時中の物資不足の時代も、傷痍兵や引揚者を受け入れ、湯治宿として人々を癒やし続けました。
高度成長期に別府が変わるなかでも、明礬の自然と湯治文化を大切に守り、湯の花小屋や温泉文化を途絶えさせることなく未来へつないできました。
今も湯けむりの中で大切にしているのは、訪れる人をそっと包みこむ“癒やしの力”。
岡本屋の歴史は、その力を信じて守り続けてきた物語です。
CHRONICLE年表を見る
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鎌倉時代
弘安年間(1278年~1288年)、鶴見村(現・明礬地区)に、大友頼泰が湯坪を掘り地蔵菩薩を安置し、地蔵湯を開いたとされる。大友頼泰は豊後国を治めていた一族の一人。
武将として元寇の役で戦い、傷ついた兵士を従え、この湯で癒やしたと考えられている。
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江戸時代
1601年 慶長六年、関ヶ原の戦いで西軍に属した来島長親は福島正則のとりなしで豊後森藩(現・玖珠町)藩主となる。同年、鶴見村の平田川の南側が森藩久留島氏の領地(飛び地)となる。北側は幕府領地(天領)。来島一族は瀬戸内を支配した村上水軍の一派。

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年代不明
後の岡本屋、初代・岩瀬正綱が、岡藩岡田地区(現・大分県竹田市)に生まれる。

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天保年間(1830年~1844年)の頃、豊後森藩の家臣となった岩瀬権平(正綱)と子の新吉(吉綱)は、長崎へ幾度も出向き早附木(はやつけぎ)など蘭方の製薬技術を学ぶ。早附木とは、薄い木片の一端に硫黄を塗った現代のマッチのようなもの。
出典:豊後森藩御記録書抜・其ノ四ノ十一(玖珠町教育委員会所蔵)
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1867年
慶応四年、大政奉還、江戸幕府滅亡。
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1871年
明治四年、廃藩置県。明治政府により土地の払い下げを受ける。
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1875年
明治八年、岩瀬吉綱(二代目)が初代正綱とともにに「岡本屋」を創業、宿屋を始める。正綱の出身地から屋号を岡本屋とする。

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1884年
明治十七年、三代目・保彦(やすひこ)がミョウバンの半製品である白結晶を商品化して「湯の花」と命名、村民とともに全国販売に乗り出す。

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1899年
明治三十二年、別府港が開港。物資・観光の流入が急増し、温泉地として別府全体が一気に発展。明礬・鉄輪も湯治客が増加。

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1904年
明治三十七年、村民らと共に湯の花組合を設立。明治四十三年に湯の花組合記念碑を岡本屋敷地内に建立。
1907年
明治四十年、鉄道(日豊本線)開通。大分〜別府間に鉄道が通る。県内外からの客が増え、別府温泉ブームのきっかけとなる。

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1913年
大正二年、四代目・清吾が建物や露天風呂を改築。湯治宿として、規模を拡大。

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1924年
大正十三年、別府市が誕生。ホテル、共同浴場が増え、地獄めぐりが整備されるなど観光地化が進む。
1945年
昭和二十年、第二次世界大戦終結。別府の旅館・湯治場は戦後の再開と復興へ。

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1988年
昭和五十五年、観光客向けに湯の花を売る岡本屋売店の営業開始。昭和六十三年には、同店で元祖地獄蒸し®プリンの販売も開始。人気の看板商品となる。

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2006年
平成十八年、湯の花小屋での湯の花製造技術が国の重要無形民俗文化財に指定される。

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2025年
令和七年、創業150年を迎える。

gallery岡本屋ギャラリー
岡本屋
時代とともに移り変わる岡本屋の姿や、当時の従業員の様子など、今では貴重となった写真をご覧いただけます。
人物
明治・大正・昭和を通じて、別府には多くの文化人や時の要人が足を運びました。
岡本屋にも、そうしたゆかりの人物たちとの交流がありました。
懐かしの明礬と別府
湯けむりに包まれた当時の風景や人々の営みの一部をご覧ください。
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